育児について考えたこと

【反省】子どもだけ見ていても育児はできない。奥さんの声を聞こう。

投稿日:2019年5月4日 更新日:

結婚式当日、披露宴の代わりに催したパーティーの挨拶で、僕はこんなことを言った。
奥さんが笑顔でいてくれるから、僕も笑顔でいられる」
よくこんなことを恥ずかしげもなく言ったなとは思うけど、100%本気で思っていることだ。
今でもその気持ちは変わらない。

ただ、出産後はどうしても子どもが生活の中心になる。
そうなるとは聞いていたけど、まさかこれほどまでとは思わなかった。
毎日のスケジュールも、授乳やお風呂の時間が先にあって、そこから逆算して自分たちの行動を決めていくことになる。

こうなってくると、僕も奥さんも見ているのは子どもばかりで、お互いに向かい合うことがほとんどなくなってしまった

今回の記事は、そんな状態になってしまったことを反省し、結婚当初の思いを再び胸に刻むための誓いの言葉だ。

育児(と家事全般)の全てを夫婦で満遍なく負担できるのなら、それが理想なのかも知れない
僕もできればそうありたいと思う。
だけど、現実はそれを許してくれない。

きっと同じような状態になっている家庭も多いと思う。
この記事を読むことで、夫婦関係について考えたり何かを思い出したりするきっかけになれば嬉しい。

奥さんは育児で疲れ切っている

ベッドの上で寝込む女性

出産してからほぼ毎日、奥さんは疲れ切ったままだ。
一日たりとも気が休まることはなく、睡眠不足で頭も身体も回復できない。
母乳を与えているのなら尚更、体力はどんどん消耗していく。

なぜ奥さんばかりがこんなにも疲れてしまうのか。
その原因は単純で、育児も家事も奥さんにばかり偏っているからだ。

夫の育休取得が難しい(というかほぼ不可能)

夫が育休を取得するケースが増えてきているとはいえ、全体で見ればせいぜい数%
ほとんど取得できていないのが現状だ。
しかも、取得できたとしても数日という場合も多く、「ちょっとした連休」程度しか休めないことも珍しくない。
月単位・年単位での育休など、今の日本においては夢物語だ。
(長期の育休を取得できている人は、この記事を読んでもピンとこないかも知れない)

僕もそんな例に漏れず、育休は取得できなかった
会社に制度自体はあるのかも知れないけど、あるのかどうかを訊くことすらはばかられるほど、旧態依然とした空気が支配しているのだ。
(このままでは子どものイベント(入学式や卒業式、運動会など)に参加することも阻まれることは必至なので、何とか手段を講じないといけない)

一方で奥さんは、出産予定日の 1 ヶ月前から産休に入り、出産後は 1 年の育休期間に入った
1 年後に保育園へ子どもが入れなければ、そこからさらに半年ほど育休期間が伸びることになる。

育児や家事の負担は奥さんへ

こんな状態では、当然のことながら育児の負担は奥さんへ大きく偏ってしまう
せめて夜中くらいは代わろうとしても「明日も仕事で早いから」と言われ、ほとんど全てを奥さんが引き受けることになる。

各家庭によってこの比率やバランスは異なるだろうが、奥さんに大きな負担がかかっているのは共通しているのではないかと思う。

いっそ全ての家事を放棄してくれた方が、僕としても気分的には楽なのだけど……。
奥さんの性格上、決してそうはならない。
今までしていたことは産後であろうがやろうとするし、人に任せたり頼ったりすることが本当に苦手なのだ。

幸いにして今は実家に頼ることができているので、奥さんの負担はかなり軽減されている。
精神的にかなり追い詰められた末での決断だったから、かなり危険な局面ではあったのだけど……。
もしこれでどこにも頼ることができていなかったら、どうなっていたか分からない。

ただでさえ妊娠・出産で疲弊しているのに、産後の生活でも負担が大きく偏っている
こんな状態では、どう頑張っても奥さんは疲れ切ってしまう。

男性は子どもが産まれてから育児を学ぶ

本を何冊も積んで勉強中

僕は以前こんなツイートをしたことがある。

ままごととか料理の手伝いとかを女の子はするけど、男の子はほとんどしない。
その段階で生まれた差は、その後の数十年でどんどん開いていく。
結果、女性は妊娠・出産する頃にはある程度知識も覚悟も身に付けているけど、男性は「そこから」身に付けていかないといけない。

これは僕自身の実感も含んでいる。
男性は子どもが実際に産まれて目の前に現れるまで、自分事として「育児」ということを考えない
「自分が親になる」という実感が非常に乏しいのだ。

女性はというと、幼少期からままごとや家事の手伝いなどをすることで、「家の仕事はこうやってするんだな」ということを学んでいくのだと思う。
そういう意識が根底にあると、何気ない情報でもどんどん蓄積されていくし、それによって自分の考えや気持ちが自然と整理できていくはずだ。

男性はずっと自分のことばかり考えているのに対し、女性は他者を庇護する役割を受け入れる準備をしている……
そう考えると、産後すぐにおける男女間の意識や感覚の隔たりも説明できるような気がする。

育児についての情報を集める日々

パソコンで作業する人の手元

子どもが目の前に現れてから、僕は必死に「育児」についての情報を集め始めた
今思えば、奥さんとの間にあった意識や覚悟の隔たりを、そうやって埋めようとしていたのかも知れない。

奥さんから「○○がつらい」と聞くと、その解決法を必死で探したし、「○○が欲しい」と聞くと、スペックや値段などを比較して最適な商品をリストアップした。

その他にも自分からいくつも提案したし、それが受け入れられてうちのスタンダードになった例もいくつかある。
ペットシーツなんかはいい例だ)

これから問題になりそうなことがあれば先回りして対策を調べたりもしたし、行政サービスや手続きについても調べられるだけ調べた。
僕のリアルでの知り合いで育児経験者は限られているけど、Twitterではたくさんの経験談を得ることができているし、実際に役に立ったことも多い。

もちろん実際の子どもの世話についても、できる限り積極的に関わっている
お風呂に入れたり、ミルクをあげたり、抱っこして寝かし付けたり。
僕にできることは限られているのだが。

直接的な育児以外にも、ゴミ出しは当然のこととして、洗濯や洗い物、掃除などについても僕が担当することが多くなった。
(料理はどうしても奥さんとのレベルの差がありすぎるので、任せてしまうことが多いけど……)

「どうすれば奥さんは嬉しいか」という情報も常に集め続けて、状況が許すときにそれを実践したりもした。
それで実際に喜んでくれることもあったし、僕は僕の役割を全うしていた。

……はずだった。

しかし、あるとき奥さんが身体的にも精神的にも限界が来てしまう
このときのことは記事にも書いているけど、はっきりとした原因は分からないままだ。
睡眠不足も当然あるだろうし、誰とも会わず家に籠もりっきりで気が滅入ることもあるだろう。

ただ、このときに初めて気付いてショックだったのが「ほとんど奥さんと二人で話をしていなかった」ということ
子どもが産まれてからというもの、僕は外部からの情報を集めることばかりを考えていて、奥さんと話し合うということをしてこなかったのだ

ずっと奥さんのことを考えていたはずなのに、いつの間にか奥さんの声から遠ざかっていた。
奥さんではない誰かの声ばかりを気にして、すぐ側にある声に耳を傾けようとしていなかった。
これは僕にとってあまりに大きな衝撃だった。

それから僕は意識して奥さんと話をするようにしたのだけど、奥さんの体調は思っていたよりも悪く、結局は再び実家へ帰ることになった。
そのおかげもあって、今ではかなり回復してきている。
(まだときどきしんどくなることもあるから、無理はできないのだけど)

僕がもっと早くに奥さんの声をしっかり聞いていたら、ここまで奥さんを追い詰めないで済んだのだろうか
正直、それは分からない。
僕がどれだけ努力しても回避できないことだった可能性もある。

ただ、例えばもっと早く実家へ帰るという決断ができたんじゃないか、ということは今でも考えることがある。
奥さんが自分から SOS を出してくるなんて、よっぽどのことなのだから。

その前に何とかできたのではないか。
もっと話をしていたら、それに気付けたのではないか……。
これは僕にとって大きな宿題。
奥さんと生活しているうちは、ずっと付いて回る問題だろう。
考え続けないといけない。

奥さんと「会話」をしよう

テーブルを挟んで会話をする夫婦

奥さんが疲れている様子を見ると、なかなか話しかけづらいものだ
「しょうもない話をする時間があれば休んだ方が良いのでは?」なんて思ってしまうと、必要最小限の事務手続きみたいな話しかできなくなる。
これでは「会話」とは言えない。

何とか奥さんの言葉を引き出したい。
そう思って、僕は奥さんが母乳を与えているときはなるべく側に居るようにしている
このときはさすがに奥さんも寝る訳にはいかないし(寝てるときもあるけど)、しかも他のことを同時にすることもできない。
ちょっとした会話をするには、ちょうどいい時間なのだ。

僕の方から無理に聞き出すことはしない。
ある程度の距離を置いて、スマホをいじったりしながら、ときどき授乳の様子を眺める。
「よく飲んでるねー」とか「うんちは出てる?」とか、小さな質問を投げてみて様子を窺ったりもする。
そうこうしているうちに、奥さんの方からポロッ、ポロッと言葉が出てくる(ことがある)。
それをひたすら待つのだ。

まずは世間話だけでも良い。
子どもや自分たちに関係ない話だけでも、何も話をしないよりは全然マシだ。
奥さんが今何を考えているのか、何に不満があって、何をどうしたいと思っているのか
それを知るきっかけをまずは掴みたい。

奥さんが助かったり喜んでくれたりすることは、意外とちょっとしたことだったりもする。
「え? そんなことでいいの?」ということもあるけど、それに気付くかどうかの差はとんでもなく大きい
会話をするだけで気持ちが安らぐこともあるだろうし、奥さんの頭の中が整理できたりもするはずだ。

現実的な問題として、育児や家事の負担を夫婦で平等に振り分けることは難しい。
ならば、その負担を一手に引き受けようとする奥さんが少しでもラクをするにはどうしたらいいか、それを考え実行するのが夫であり父親である僕のせめてもの役割であり、最低限の責任であると思う。
母親が笑顔でいられれば、子どもだって笑顔でいられるはずだ。
奥さんが笑顔でいることで、僕が笑顔でいられるように。

そのための第一歩は、奥さんの声を聞くこと
奥さんと「会話」をすること
僕が一人で勝手に考えたり調べたりしても仕方がない。

奥さんが笑顔でいられるためにはどうしたらいいのか。
その答えはたぶん、奥さん自身の中にあるはずなのだ。

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